スタジオ・ジブリ 鈴木敏夫 氏

その1


プロデューサー 鈴木敏夫とは

  鈴木敏夫氏は、アニメ製作業界ではプロデューサーとして著名である。 

 スタジオジブリで主に宣伝販売の領域を担う。 

 徳間書店で編集長として雑誌「アニメージュ」創刊。取材対象であった宮崎駿と出会いスタジオジブリに。 

 雑誌編集からアニメ制作に転身。現場での実践からの叩き上げでジブリ作品を世界に発信してきた。製作と監督を担う宮崎駿、高畑勲が手がけない分野のすべてを担っている。

製品とは異なるからこそ見えてくる世界

 プロデューサーの役割は作品をつくる過程での考え方、決断のプロセスに特徴がある。

 同氏の学生時代に、個人的に夢中になっていた映画産業の宣伝手法が発想や価値観の源泉となっている。また、雑誌編集長の経験から、作品と製作者との接し方、ファン心理の意識、世間に対する情報発などの手法はとても興味深い。

 特に、販売企画と認知のための宣伝活動全般の演出などで新しい発想を行動に移すやり方は、一般的なビジネス世界で応用するべき「発想」を数多く見つけることができる。

 

 極めて人間臭い判断と行動流儀は、管理偏重の企業組織の弊害によって、一般的なビジネス世界ではなくなりつつある。 

 「熱い人びとのビジネス発想」が「冷めた人びとのビジネス管理」にならないためには、どうすればよいのだろうか。

 

 スタジオ・ジブリは極めて創業者メンバーの価値観が色濃く残っている。これはアニメ制作業界であっても珍しい。 

 

ラジオ番組 鈴木敏夫のジブリ汗まみれ

鈴木敏夫のジブリ汗まみれ - TOKYO FM 80.0 - 鈴木敏夫

 

 通常プロデューサーは、裏方であり表舞台でその手の内を話す機会はは少ない。長年に渡って続いているこのラジオ番組のアーカイブがPODCASTで配信されている。
 ジブリ作品の多くに関わってきた人びととの対談から、貴重な「プロデューサーの流儀」を発見できる。

「熱い人びとのビジネス発想」

 もっともらしい理屈と論理を理解しようとしても、実際には難しい。 

 本来であれば、本人に会って一緒に仕事をするのが一番だろう(実際、ドワンゴの川上会長はそうした)。

何をつくるのか


1.自分たちがいいと思うものをつくる(自分たちが感動できる)。 

2.極めて人間臭い生き方に価値を見出す(心に響く)。

 3.子どもたちが観るものをつくるというブレないスタンス(ファンの願いをかなえる)。 

4.毎回ゼロから築きあげる(過去のやり方にとらわれない新しさの追求)。

5.とにかくやってみる(挑戦からうまれる新しい価値)。

どうやって実現するのか

 1.出会い(縁)を大切にする(合理性・効率性ではない)。 

2.常に初心にかえり挑戦する(創造すること)。 

3.仕事は公私混同でやるというスタンス(自分プロジェクトの精神)。 

4.主観でみて主観で伝える(メンバーの主観はぶつかる)。 

5.リサーチやマーケティングをベースには決めない。

新作映画 「風立ちぬ」

 ジブリ初の戦争をテーマにした作品「風立ちぬ」。 

 零戦を設計した技術者のドキュメントストーリー。

 子供たちのための作品をつくる宮崎駿には当初大反対された。
 最終的には説き伏せ、「戦争」をテーマにした作品を作らせた鈴木敏夫の談話から。

「風立ちぬ」の裏テーマとは

プロデューサー、作品の裏テーマについて語る

 

 ***引用開始*** 

そうすると、これはね。宮さんも大変な心境に達したかなあって「僕は」思ったんですよね。
 次郎に何度も何度もいうんですよ。「力を尽くして生きなさい」って。
 これね。なんで、「力を尽くして生きなさい」って、言葉をね、彼がつかったのかなって。

 

 この言葉は、「そっかあそこから引っ張ったのか」って思ったのは、旧約聖書、伝道の書にですね。こんな言葉があるんですね。

「すべてひとの手に、たうることは、力を尽くしてこれをなせ」

***引用終わり***

 

 鈴木氏は、ストーリー全体のブレないテーマ性をひとつ提示する。「仕事に取り組む姿勢」にスポットを当てている。 

 この作品で観客に提示するは、「働く人」としての当事者の気づきの糸口。
 働くことの意義を問われている現代日本人全体への問いかけでもある。

 

 

 鈴木敏夫プロデューサーの「うまさ」が光る。 

 

 作品を観る人に「課題」を投げかけている。別の言い方をすれば、「視点」を提案している。それは、作品を「もっと楽しむ」方法である。
 作品をタテ・ヨコ・ナナメから味わい尽くすファンのキモチ。そこを理解する雑誌編集長が読者を作品の世界観に巻き込むやり方である。

 

 本来、アニメ作品は、娯楽映画である。

 ジブリの作品は、芸術的な絵作りが素晴らしい。

 宮崎駿はいつも作品の良し悪しを語るのではなく、映画館に観客がたくさん来てほしいと娯楽作品であることを強調する。

 アニメーションの絵のきれいややリアリティで単純に面白さを感じてもらうことが第一の主眼にある。

 

 しかし、その深いところに重要なテーマがあることを示唆する。

 

 これによって、「目に見えないレベル」でも製作者の思いを

提示する。

 

 目に見えるものを超える何かを、ファンの意識の中に重層的に作りこむ。

  それを、鑑賞者であるファンに気づいてもらい、楽しんでもらう。そのために、プロデューサー自身の言葉で主観的な感想を伝えている。

 

補足  

 この文章をきっかけに、工業化製品のモノづくりの原点について振り返ってほしい。

  かつての自動車産業において、名車と呼ばれるスポーツカーが数多く存在した。1960年代、70年代フェアレディーZ、スカイラインGTR、HONDA S800。

 

 例えば、これらの工業製品は30年以上たった今も、愛着を持つ多くのファンがいる。 

 

 これらの車にも、鈴木敏夫が語る「裏テーマ」がある。1980年以降の自動車にはこれらの要素が失われたと感じるのは私だけだろうか。 

 売れない理由を外的な要因に求めがちな人びとは、もう一度当事者意識をもってファンと向い合ってもらいたい。

 

 

プロデューサー、作品の裏テーマについて語る

  鈴木敏夫氏は、宮崎駿がどんな思いで作っていたのかに着目する。

 自分の感想を「主観的に」述べつつ、作品の本質を語って興味をそそっている。
 しかも、自分自身の主観で伝え、一般論としてこうだと決めつけない。「どう思うか」は視聴者の価値観に委ねるというスタンスをとる。

***引用始まり***

 

 「裏テーマ、仕事とは何なんだろう。宮崎駿は映画の中で表してると思うんです。」

 「どんな仕事もね。意義があるだろうとおもって、やろうと思ってもなかなかそんな仕事にはお目にかかれない。どんな仕事だってやってれば、いいと思える瞬間がある。」

 「多分それが、仕事ってものだよね。みたいなことをね。なんか感じさせてくれる映画なんですよ。」

 

***引用終わり***

 

 

口コミを、どのような表現やテーマで伝えるか。

 

ここでプロデューサーの言動を若干深読みをしてみよう。

 この裏テーマは、作品をより深く知りたい「ファン心理」のエサとなる。ファンは、この話を友達や日常の話題として「語る」ことができる。

  聞いた人は「なるほど!」と思うだろう。 

 零戦や戦争に興味がなくても、この作品を見てみようかという気になるかもしれない。 

 

 

プロデュサー不在のモノづくりの危機

 ここで、全く別次元(だと、思われがちな)の製造業の「モノづくり」について考えてみよう。 

 工業製品は機能、品質、価格で勝負する。そう考えがちだ。

これらは基本要素だが、それを超える発想がなければ「改善」というレベルでしか、変化は起こせない。
 ハッキリとした優劣を物質的な機能や品質や価格では評価することが難しい、映像作品づくりの世界では、これら以外で勝負する。

 

 売れるかどうかを、決める重要な要素。

 

それは鈴木氏の場合、「見てみたいという気持ちにさせるための仕掛けづくり」である。 

 ファンの評判、この目に見えにくい要素をどのように伝えるか。
 何を使ってという問いかけではない。単純に考えればマスメディア、つまりテレビ、ラジオ、新聞、雑誌という選択肢は当たり前のことである。プロデューサーが考え、悩むのは「どう伝えるか」である。

 

 一般的なビジネスの世界ではどうだろうか。

 

  商品を製造する、仕入れて販売する一般的なビジネスにおいても、この感覚は意識するべきである。 

 この壁を超えられない。あるいは、壁を外的な要因で責任回避する人びとの台詞がある。

 

 「いいものだけど、売れない」

 

 モノづくりという、領域を狭くとらえ、技術者的な居心地の良さ(コンフォートゾーン)に閉じこもってしまうと、「言い訳」しかしなくなる。 

 自己批判はできるかもしれないか、その解決策を見出すことは難しい。

 

 「ファンの声を解釈して、行動課題として明示する。」

 

 ここは、プロデューサーの役割のひとつである。 

 アニメ映画製作の世界では、データや分析や競争などというスマートで冷徹なビジネスの世界の流儀は通用しない。

 根拠はあるがそれは理屈だけで説明しきれない。あるいは、説明しても、スタッフや関係者が同じ視点で理解できるとは限らない。

 

 主観的な判断が必要である。 

「自分がいいと思う価値観を大切にする」こと。

 

 そこに、ビジネスを成功に導くプロデューサーのエッセンスがあるのではないだろうか。